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バルファキスのグリーン・ニューディールは、ベーシック・インカムで「公正な移行」を支えるー化石燃料産業からの移行による社会経済的な混乱を避けるために

 

2007年のリーマンショックにはじまる世界金融恐慌で危機に瀕したギリシャは、債権団トロイカ(EUECBIMF)からの支援と引き替えに「財政再建」のための緊縮策を強要された。その結果、実質GDP25%以上も減少し、失業や困窮者が急増した。また衛生・医療環境の悪化により、マラリアなどの伝染病が流行した。年金が大幅に削減されたことに絶望し、自ら命を絶つ人も続出した。このような状況で、緊縮策に反対する人々の声を受けて政権の座に付いたのが、急進左派連合(シリザ)であり、その若き党首チプラスの盟友として財相となったのが、経済学者のヤニス・バルファキスであった。

 バルファキスはギリシャの自由と尊厳、そして人々の命と生活を守るため、反緊縮策を持って東奔西走した。しかし必死の努力の甲斐無く、チプラス首相は強大なトロイカに屈し、国民投票で示された「緊縮策にNO」という民意を踏みにじったため、バルファキスは財相を辞任して政権を去ることになる。

 

 その後、バルファキスは汎欧州政党DiEM25を結成、「大規模なグリーン投資」と「雇用保障システム」、「反貧困基金」、「普遍的な基礎配当(BI)」、「立ち退きに対抗する保護政策」を5つの柱とする綱領「欧州ニューディール」を掲げた[1]。そして2019年には、選挙公約の柱としてグリーン・ニューディール(以下GND)を掲げて欧州議会選挙とギリシャ総選挙に臨み、ギリシャの国会議員に返り咲いた。

 

 GNDは、気候危機と経済危機を乗り越えるために、2030年頃に温室効果ガスネットゼロや再生可能エネルギー100%を目指して、社会・経済の抜本的な改革を行う政治的アジェンダである。欧米では、バルファキスをはじめ、米国民主党のバーニー・サンダース、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス、英国労働党の前党首ジェレミー・コービンらが掲げたことで、大きな注目を集め、支持されている。

 

 産業構造の転換は、歴史上、多くの「痛み」を伴った。かつて、マーガレット・サッチャー政権下で進められた炭鉱の閉鎖により、多くの炭鉱労働者が仕事を失い、炭鉱で栄えた町は衰退した。英国労働党の前党首ジェレミー・コービンはフィナンシャル・タイムズ紙に次のように語っている。「炭鉱労働者に対するサッチャー政権の弾圧は、組織化された労働者の力を奪い、すべての労働者の賃金と労働条件を低下させるものでした。グリーン・ニューディールは、その逆を行くものです。サッチャー政権が破壊した地域に雇用をもたらすだけでなく、労働者の力を拡大することができるのです」[2]。必然的に終焉を迎える旧来型エネルギー産業で危険を顧みずに働いてきた労働者たちの生活状況を、悪化させることのない「公正な移行」が求められる。

 

 バルファキスが掲げるGNDの財政規模は、毎年、欧州のGDP5%(約60兆円)という膨大な額である。その財源は量的緩和の結果として民間銀行が無為に貯め込んだ準備預金や、機関投資家などの資金を、欧州投資銀行(EIB)が発行し、欧州中央銀行(ECB)が買い入れ宣言によって価値を保証する欧州公共銀行債(グリーン債)を通じて活用するとしている。

 

これは、過剰な資金を「活性化」するものであり、化石燃料などに投資されていた資金を「グリーン化」するものでもある。フィナンシャル・タイムズ紙に、バルファキスは次のようにコメントした。「金融部門の大量の流動的資金が、今は倉庫で埃をかぶっているか、自社株買いに使われたりしています。グリーン・ニューディールとは、既存の流動性を利用し、気候変動を改善するための技術に投資する一連の政策でもあるのです」[3]

 

彼は、新しい産業への「公正な移行」は、もうひとつの政策によって支えられるべきだと主張する。「今、重要なのはベーシック・インカムです。条件付きでなく、屈辱的な承認プロセスのないものです。それは踏み台のようなもので、自分の足で立ち、何かに到達することを可能にするものなのです。鉱山ストの際に余剰人員となった鉱山労働者には、このようなものは決して適用されませんでした」[4]

 

 パンデミックに伴う経済危機と気候危機に直面する今こそ、原子力産業や化石燃料産業からグリーン産業への転換を推進するグリーン・ニューディールと、それを支えるユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)が必要とされているのである。

 

[1] ヤニス・バルファキス「ヨーロッパを救うひとつのニューディール」2017125日(翻訳:松尾匡、朴勝俊 2017718)
https://economicpolicy.jp/wp-content/uploads/2017/09/translation-007.pdf

[2] Leke Oso Alabi “A Green New Deal must put people first, We need to avoid a socio-economic fallout akin to the 1980s, when Thatcher upended the coal industry”, Financial Times, April 9 2021
https://www.ft.com/content/dd12feda-b698-488f-97c0-851f80257431#comments-anchor

[3] 上掲書。

[4] 上掲書。


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