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反緊縮グリーン・ニューディールこそパンデミックからの回復策(長谷川羽衣子著、早川健治訳)

※この記事は、ハインリッヒ・ベル財団香港支局のHPに英語で掲載された論考の日本語版です。

Anti-Austerity Green New Deal: A Recovery Plan After the Pandemic 9 April 2021 By Hasegawa Uiko

Heinrich Boell Stiftung Hong Kong

 

■序文 反緊縮グリーン・ニューディールこそパンデミックからの回復策

 2020年、パンデミックが世界を覆った。その結果、私たちの世界の「常識」が覆った。世界は今、大きな転換点を迎えている。

 今年、多くの国では感染拡大を防ぐために、ロックダウンや外出制限が課され、自粛が求められた。当然、経済活動も停止し、世界は深刻なコロナ不況に陥った。各国は危機を乗り切るため、次々と画期的なコロナ経済対策を打ち出した。ひとつは、過去最高の財政出動であり、もうひとつは消費税をはじめとする各種減税である。米国では3兆ドルの経済対策に加え、追加で2兆ドル前後の追加経済対策が議論されている。欧州では多くの国が、付加価値税を期間限定ながら減税した。日本では一回限りながら、国民全員にひとりあたり10万円が給付された。
驚くべきことに、世界銀行やIMFもこれらの大規模な財政出動を支持した。世界銀行のチーフエコノミストであるラインハート氏は「パンデミックの間は各国が多額の借金をすべき」 だと発言し、IMFのゲオルギエバ専務理事は声明で「企業や家計への支援を拙速に遮断するべきではない」 と述べた。ラインハート氏が『国家は破綻する』で広く知られる緊縮派の旗手であり、IMFが援助と引き替えに各国に財政削減や増税などの緊縮策を迫ってきたことを顧みると、驚異的な方針転換と言える。
 この数十年間、新自由主義に則り、財政削減などを推進して来た国々や世界銀行、そしてIMFが、危機に直面したことで一転してケインズ的な積極財政主義に立ち返ったのだ。例えそれが一時的なものであれ、この変化は世界経済に大きな変化をもたらすだろう。各国はコロナ恐慌から一刻も早く経済を回復させるため、慣れ親しんだ新自由主義を脇に置き、政府や公共の役割を見直し、財政出動に方針転換せざるを得ないだろう。

 重要なのは、パンデミックからの回復はどうあるべきか、どこに財政出動をするべきか、という問いだ。回復は、単にコロナ以前に立ち返るものであってはならない。私たちが直面している、格差・貧困と気候変動という2つの大きな危機を克服する物でなくてはならないのだ。そしてその戦略こそ、反緊縮政策に基づいたグリーン・ニューディール(以下反緊縮GND)なのである。本記事では、コロナ危機直前の2020年5月に学会誌に掲載された我々の論文をもとに、その内容と必要性を論じたい。


■格差・貧困と気候変動、双子の危機を乗り越える戦略とは?

 気候変動は台風や干ばつ、山火事、豪雨などの災害の大規模化、軍事的紛争や難民発生の大きな要因ともなっており、経済的に貧しい人々への影響は特に深刻である。IPCCは、気候変動を1.5℃に抑えるためには世界の二酸化炭素排出量(CO2)を2010年比で、2030年までに45%削減し、2050年までには差し引きゼロにする必要がある、という推計を公表した。
 そのようななか、グレタ・トゥンベリというスウェーデンの少女が、気候危機の回避と気候正義の実現を求めて金曜日の学校ストライキを始めた。これが多くの若者たちの共感を呼び、「未来のための金曜日」として世界に広がった。2019年9月に行われたグローバル気候マーチには、世界中で760万人が集まったと言われている。そして彼女が2019年9月23日に、ニューヨークの国連の場で行ったスピーチは、世界中のメディアに取り上げられ、大きな注目を集めた。彼女は「私たちは大量絶滅の始まりにいるのに、あなた方が口にするのは、お金のことや永遠の経済成長というおとぎ話ばかり。よく、言えたものですね」と述べた。彼女の言動とグローバル気候マーチは、気候変動への危機感と、対策の必要性を改めて私たちに認識させたという点で非常に重要である。しかしその一方で、終末論的な表現で気候変動の深刻さを強調し、経済問題を軽視するような主張は、社会を分断させるという指摘もあった。


 私たちは気候変動と同時に、緊縮政策による格差・貧困の深刻化という危機にも直面している。新自由主義的な緊縮政策・構造改革は、中間層を没落させ、格差と貧困を拡大した。その結果、景気は停滞し、失業や不安定な雇用が増加し、子育てや老後など将来への不安が高まった。人びとの不安は排外的な極右勢力の台頭をもたらしている。
では、私たちは危機を乗り越えるために、どのような戦略が必要だろうか。それこそが、2018年以降次々と打ち出された、緊縮政策に対抗するグリーン・ニューディール(以下、反緊縮GND)である。反緊縮GNDは、経済の構造転換のみならず、大胆な発想の転換を求める政策パッケージである。すなわち、野心的な炭素削減目標や、再生可能エネルギーや省エネルギーの導入目標を掲げるだけでなく、反緊縮経済理論に基づき、税収や財政規律に縛られることなく大規模な財政投資を行うことで、低炭素経済への公正な移行と、先進国と途上国の格差、さらに所得や富の格差、人種やジェンダーなどをめぐるあらゆる不公正の是正を目指すという、極めて革新的かつ包括的な戦略なのである。


■反緊縮経済理論とは何か?

 反緊縮経済理論とは、これまで緊縮・財政再建論を支えてきた新古典派マクロ経済学(新自由主義)と対抗する、多くはケインズ経済学の現代的潮流である。長引く不況を背景に評価を高め、今回のコロナ危機を契機に世界で大きな注目を集めている。反緊縮の左派ニューケインジアンや現代貨幣理論(MMT)、公共貨幣論は以下のような共通見解を持つ。

・通貨発行権を持つ政府(ソブリン政府)が財政破綻することはない。
・課税は市中の購買力を抑えてインフレを抑制する手段であり、財政収支の帳尻をつけることに意味はない。
・不完全雇用の間は通貨発行で政府支出をまかなってもインフレは悪化しない。
・民間が貯蓄超過なら財政赤字は自然なことである。
・中央銀行は政府の子会社も同然であるため、政府と中央銀行を「統合政府」として扱う。

 政策的には、医療保障、教育の無償化、社会保障の充実などの社会サービスの拡充はもちろん、財政拡大で景気を刺激し雇用と所得を増やすことを掲げる。また、格差解消のために一様に大企業や富裕層への増税を提起している。公的債務の返済や均衡財政を絶対視することは新自由主義の間違った信条だと見なし、中央銀行による貨幣創出を財政支出に利用する「財政ファイナンス」や、国債を中央銀行が買い上げる「量的緩和」政策なども、タブー視せず活用しようという志向が見られる。

 ここ数年、欧米では移民排斥・EU離脱を掲げる政治勢力が台頭する一方で、反緊縮経済理論をコンセンサスとする、左派新党及び、既存の左派・リベラル政党の新しい勢力が躍進している。そして、その多くは反緊縮GNDを掲げている。


■GNDの反緊縮側面とは何か?

 GNDという名称は、1929年の世界大恐慌を克服するためフランクリン・ルーズベルト大統領が行ったニューディールに由来している。これまで発表されたGNDは、発表の時期や、社会的背景、発表主体、そして基盤とする経済理論から、主に2つの波に分類できるが、どちらのGNDも、環境経済政策をリードして来た緑の党の影響を強く受けている。
 第1波は2008年から2009年にかけて発表されたGNDで、バラク=オバマ大統領の公約がその代表である。第2波は2018年から次々と発表されているGNDで、それまでと異なり、反緊縮経済理論に基づいているのが大きな特徴である。反緊縮GNDを掲げる主な政治家は、アメリカ民主党のAOCに加え、有力大統領候補だったバーニー・サンダース、イギリス労働党の元党首コービン、DiEM25を率いるヤニス・バルファキスらである。そして、反緊縮グリーン・ニューディールを論じている著名な学者に、ノーム・チョムスキー、『企業としての国家』で知られるマリアナ・マッツカート、イギリス労働党のブレーンだったアン・ペティファー、ロバート・ポーリン、MMTのステファニー・ケルトンとパブリナ・チャーネバらがいる。

 米国のAOCはGNDを大規模な赤字財政支出で賄うと明言し、賛否両論を巻き起こした。これは、ソブリン政府が財政破綻することはないという認識に基づく。
一方、サンダースは、GND目標達成のために16.3兆ドル(約1777兆円)という非常に大規模な投資を行うことを掲げている。これは10年間で多くの目標達成を目指す急進的なものであり、莫大な投資が先行するため税以外が主な財源となる。
 コービンが党首を務めていた英国労働党のGND(GIR)は、2500億ポンド(約35兆円)を再生可能エネルギーおよび低炭素エネルギーと輸送、生物多様性、および環境回復に、企業、インフラ、イノベーションに10年間で2500億ポンド(約35兆円)の融資を提供するとしている。これらの実現のために、「公的・民間両方の国家資源の総動員が必要になる」と記されており、これは大規模な公共投資と民間投資の促進を意味するものと考えられる。

 

 バルファキス率いるDiEM25は、最低でも欧州のGDPの5%をGNDに投資し、その財源は、量的緩和の結果として民間銀行が無為に貯め込んだ準備預金や、機関投資家などの資金を、欧州投資銀行(EIB)が発行し、欧州中央銀行(ECB)が買い入れ宣言によって価値を保証する欧州公共銀行債(グリーン債)を通じて活用するとしている。

 まとめると、欧米の左派新党及び既存の左派リベラル政党の新しい流れが掲げる反緊縮GNDは、いずれも反緊縮経済理論を基盤としており、エネルギー転換や公共交通などのインフラ、景気・雇用対策、社会保障などに大規模な公共投資を行うことを掲げる。反緊縮GNDにおいては、税金は主要な財源ではなく、累進所得税などの増税は主に再分配の手段として、また炭素税やエネルギー税などの環境税は温室効果ガスやエネルギー消費を削減するためのBads課税として位置づけられる。資金調達に関しては、グリーン投資債券を通じた民間資金の活用が提案されている。ユーロ加盟国においては財政ファイナンスに基づく赤字財政支出は困難であるが、英米のようなソブリン政府はそれも可能である。


■反緊縮GNDの課題は何か?

 第一に、原子力発電に対しての姿勢である。第一波のGNDも、第二波の反緊縮GNDも、明確に原発廃止を掲げたものはほとんど見られず、推進を明言しているものもある。反緊縮GNDの多くは、再生可能エネルギー比率100%を掲げることで、暗に原発廃止をほのめかしていると考えられるが、原子力産業(および関連労組)への「配慮」なのか、明言はされていない。
 第二に、炭素の削減に大きな効果が期待できる、炭素税の導入についての言及が少ないことである。ただし、その中においてはDiEM25が、Carbon Feeの導入と、それを炭素配当とするとしている。炭素税は政治的に導入が困難であり、また逆進性もあるため、気候変動対策と格差・貧困の是正を同時に掲げる反緊縮GNDでは、避けられる傾向にあると考えられる。
 第三に、目標が非常に野心的である点である。反緊縮GNDの多くは、2030年までに再生可能エネルギー比率100%達成と、温室効果ガスの排出ゼロあるいは大幅な削減を目標としている。
 第四に、反緊縮の経済学がどれほど幅広く受け入れられるかという点である。多くの国々で緊縮政策が停滞と困窮を実際にもたらしたのに対して、それに対するアンチテーゼとしての反緊縮は、多くの高名な経済学者が提唱し、理論的にも十分な蓄積があり、実証的にも十分な可能性を示している。しかし世界的にも、政界・官界・マスコミおよび経済学会で支配的な緊縮志向と真向から対立するため、広く理解を得るためには、今後も積極的かつ注意深い知識普及が求められる。


■歴史の転換点


 2020年11月、アメリカ大統領選挙でジョー・バイデンがドナルド・トランプを破った。バイデンは、かつて民主党内のライバルであったサンダースの公約だった反緊縮GNDを、名前以外はほぼすべて受け入れている。つまり、バイデン政権は世界で初めて反緊縮GNDを導入する政府になるかもしれないのである。とはいえ、成功の王道はない。しかし、その道のりは決して平坦ではない。長年、支持されてきた新自由主義的な緊縮主義が再び首をもたげ、気候変動や環境対策への大規模な財政出動を阻もうとするだろう。私たちは、この障壁を打ち破るため、財政赤字の神話から脱却する必要がある。

世界の歴史を振り返ると、小氷河期などの気候変動とペストなどの疫病に直面することで、私たちの文明は大きく転換してきた。今、私たちは歴史の転換点を生きているということを自覚し、大胆な発想の転換を行うべき時がきている。


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