2016年5月4日 ヤニス・ヴァルファキス著
2020年12月25日 長谷川羽衣子訳
Imagining a New Bretton Woods
https://www.project-syndicate.org/commentary/imagining-new-bretton-woods-by-yanis-varoufakis-2016-05
1944年のブレトンウッズ会議では、アメリカ代表のハリー・デクスター・ホワイトと、衰退する大英帝国を代表するジョン・メイナード・ケインズが激突した。今、率直な問い直しが必要だ。ケインズの捨てられた計画は、2008年以降の多極化した今の世界にこそふさわしいものではないだろうか?
2008年の金融メルトダウンは、貿易の不均衡を抑制し、投機的な資本の流れを緩和し、システミック・コンテージョン〔金融危機の伝染〕を防ぐ、グローバルな金融システムを求める声を促した。もちろん、これは当初のブレトンウッズ体制の目標であった。しかし、このようなシステムは、今日では現実的ではなく、望ましくないものとなるだろう。では、代替案はどのようなものになるのだろうか。
1944年のブレトンウッズ会議では、2人の男が激突し、ビジョンをぶつけ合った。フランクリン・ルーズベルト大統領の代理人であるハリー・デクスター・ホワイトと、衰退する大英帝国の代表であるジョン・メイナード・ケインズである。当然のことながら、実現したのはホワイトの計画だ。戦後の米国の貿易黒字を基盤に、欧州や日本が、米国の完全な金融政策的裁量に同意することと引き換えに、ドルの勢力圏におさまった。そして、戦後の新しいシステムは、資本主義の最盛期の基盤を提供したのである。
過去[長谷川1] 10年の間、繰り返し問われていた質問[長谷川2] は、簡単なものである。ケインズの廃棄された計画の方が、2008年以降の多極化した世界に適しているのではないだろうか、というものだ。
中国の中央銀行総裁である周小川(ジョウ・シャオチュアン)はそう考えているようだ。2009年の初め、ブレトンウッズがケインズの提案を受け入れていないことを、残念だと言ったのだ。その2年後、当時の国際通貨基金(IMF)のドミニク・ストロス=カーン専務理事は、2008年以降のIMFの役割はどうあるべきかと問われ、次のように答えた。
「60 年前のケインズは、何が必要かをすでに予見していたのだが、それは早すぎた。だが今がその時だ。そして、我々はそれを実行する準備ができている!」
しかし、数週間のうちに、ストロス・カーンはその意図を説明することなく、その地位から転落した。しかし、「それ」の概要を述べるのは、それほど難しいことではない。
とりわけ、新しいシステムはケインズの以下のような見解を反映したものである。世界の安定性は、黒字国と赤字国を分断させる資本主義の傾向によって損なわれている。好況期には黒字と赤字が拡大し、不況期には調整の負担が債務国に不当にかかるため、赤字国で債務デフレのプロセスが起こり、世界中の需要が減少するのである。
ケインズはこの傾向を逆転させるために、「債務国に調整が強いられ、債権国は自由である」ような制度を、債務国と債権国が公平に調整を求められる制度に置き換えることを提唱した。ケインズの解決策は、すべての主要国が加入する国際決済連合(ICU)であった。加盟国は自国通貨と中央銀行を保持しながら、すべての支払いを(ケインズが「バンコール」と名づけた)共通会計単位で表示し、ICUを通じて国際決済を行うことに同意する。まず、各加盟国がICUに開設した準備口座には、世界貿易に占める相対的なシェアに比例したバンコールの合計額が入金される。その後で、各国の口座には純輸出額に応じたバンコールが加算される。ICUが設立されれば、持続的な黒字と赤字に対称的な課税を行い、不均衡な資本移動と景気変動、世界的な総需要不足、そして不均等な失業発生との間の、悪循環を防ぐことができる。
ケインズの提案に問題がなかったわけではない。それは固定相場制を想定したもので、慢性的な赤字国には限定的な当座貸越を必要とし、為替レートや金利の変更について、つねに財務大臣たちが争論せねばならない。また、資本移動に対する厳格な規制は、官僚に過度の裁量権を与えるものであり、致命的な欠陥といえる。
しかし、世界的不均衡を抑制するためのケインズの本来の構想の利点を維持しつつ、ICUに変動相場制を導入し、単純で自動的なルールによって、政治家や官僚の裁量権を最小化するようなことが、できないはずはない。
新しいICU(NICU)は、ケインズが想定していた通りのものになるだろう。しかし、抽象的なバンコールの代わりに、IMFが発行・規制する共通デジタル通貨を採用することになるだろう。これをコスモスと呼ぼう。IMF は、透明性の高い分散型デジタル台帳と、あるアルゴリズムに基づいてコスモスを運営する。このアルゴリズムは、事前合意した方法で世界貿易量に応じてコスモスの総供給量を調整する。これは世界的な景気後退期にコスモスの総供給量を増やすという、自動安定化の要素である。
外国為替市場は現在と同じように機能する。いまIMF の特別引出権(SDR)の価値がドルやユーロ、円、ポンド、および人民元という5大通貨に対して変動するのと同様に、コスモスと各通貨の為替レートも変動するだろう。もちろん違いはある。NICU の下では、加盟国は相互の支払いを全て中央銀行の NICU コスモス口座を通じて行うことになる。
不均衡を抑制するこのスキームの潜在能力を最大限に活用するために、安定化のための2種類の移転支払いが導入されることになる。ひとつめは貿易不均衡賦課金であり、これは毎年、経常収支の赤字または黒字に比例して請求され、各中央銀行のコスモス口座から共通の NICU 基金に支払われる。ふたつめは資本移動賦課金であり、これは民間金融機関が国外への資本移動を急増させた場合に、その金額に応じてNICU基金に支払うものである。これは、ウーバー・タクシー(Uber)のピーク料金によく似ている。
貿易不均衡賦課金は、黒字国の政府が国内支出と投資を増加させる〔これによって輸入を増やし貿易黒字を減らす〕ことと、そして赤字国の国際的な支出力を自動的に低下させることを意図している。外国為替市場はこれを織り込み、経常収支の不均衡に対応して素早く為替レートを調整し、現在の貿易不均衡を固定化させている資本移動の、かなりの部分を取り除くだろう。同様に、「ピーク料金」は、官僚の裁量権を増大させたり、融通の利かない資本規制を導入したりすることなく、群集心理による投機的な資本の流入や流出に、自動的にペナルティを与えるだろう。
世界はたちまち、わざわざ出資金を求めずとも、グローバルな政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)を手にすることになる。これにより、グリーンエネルギーと持続可能な技術に特化した研究開発投資によって、世界経済を安定化させるようなかたちで、低炭素エネルギーシステムへのグローバルな移行のための資金調達が可能になるだろう。
ケインズは時代を先取りしていた。彼の提案には、1940 年代には存在しなかったデジタル技術と外国為替市場が必要だったのだ。しかし今やわれわれは、国際決済制度の経験とともに、それらを既に手にしている。現在、グローバルな緑の移行基金の必要性は非常に高まっている。これはケインズ化されたブレトン・ウッズによって、自動的に生み出されることだろう。今の我々に欠けているのは政治的プロセスだ。いや、むしろ、プレイヤーを招集し、変化をうながすルーズベルトのような存在が必要なのだ。