この記事は、ハインリッヒ・ベル財団香港支局のHPに掲載された論考を日本語訳したものです。
財団と著者の許可を得て掲載します。
South Korea’s Reforms Should not be Called a Green New Deal
14 September 2020 By Lee Yujin
【概要】韓国は、気候変動に対処しながらCovid-19の経済的影響を緩和することを目的とした「グリーン・ニューディール」を打ち出した。しかし、温室効果ガスの排出量を削減するための目標が曖昧であり、クリーンエネルギーへの公正な移行を提示していないため、このプログラムはその名にふさわしくないものとなっている。韓国GNDは、期待はずれのグリーン刺激策パッケージに過ぎない。
イ・ユジン著(グリーン・トランジション研究所 研究員/元韓国緑の党共同委員長)
長谷川羽衣子訳
序
韓国では、2020年はCovid-19と気候危機の年として記憶に残るだろう。夏には、54日連続で雨が降った。しかも、韓国気象庁が1973年に記録を取り始めて以来、初めて7月の平均気温が6月の平均気温を下回った。世界中で熱波や洪水、山火事、干ばつが続いており、人間が作り出した温室効果ガスが過去150年間で世界の平均気温を1℃上昇させている。
2018年の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球温暖化を1.5℃に抑えるべきだと述べた。これを達成するためには、世界の人為的なCO2の純排出量を2030年までに2010年比で約45%削減し、2050年頃に「ネットゼロ」を到達する必要がある。
この巨大な課題を達成するための韓国の戦略は「グリーン・ニューディール」である。4月中旬の国会選挙では、正義の党と緑の党が気候危機と不平等問題への解決策としてこの政策を公約し、与党の民主党もグリーン・ニューディールを支持することを公約した。
グリーン・ニューディールは社会変革の政策だ
韓国政府は、気候危機への対応とCovid-19後の経済再生の手段としてグリーン・ニューディールを発表した。それは、グリーン・ニューディールとデジタル・ニューディールの2つからなり、雇用のセーフティネットの強化に重点が置かれている。政府は7月14日、グリーン・リフォーム、再生可能エネルギーの拡大、電気自動車や水素自動車の供給拡大などを中心に、2025年までに73.4兆ウォン(約618億ドル)を投資して65万9000人の新規雇用を創出すると発表した。しかし、批判派はすぐにこの計画を「グレー・ニューディール」「スロー・ニューディール」などの名前で攻撃した。計画が人々の「グリーン・ニューディール」への期待に応えていなかったからだ。
既存の政府の政策は、温室効果ガスの排出量を大幅に増加させる軌道に乗っている。現在、三陟(サムチョク)、江陵(カンヌン)、高城(コソン)など7つの石炭火力発電所が追加建設中だ。韓国はインドネシアなど海外の石炭発電にも投資している。国土交通省は、韓国南西部沿岸のセマングムに新空港を建設するために約7800億ウォン(約6億5700万ドル)を投資する。地方ではいくつかの追加空港建設プロジェクトが計画されている。
環境省は、グリーン・ニューディールによって1229万トンの温室効果ガスが削減されるとしているが、十分とは言えない。全国の温室効果ガス排出量は2017年には7億1100万トンに達している。これでは、蛇口を開けっ放しにしたまま、あふれた水をシンクから抜き取るようなものだ。ネットゼロ目標を2050年と設定した欧州連合(EU)とは異なり、韓国のグリーン・ニューディールは排出量削減とネットゼロ目標達成のためのロードマップが曖昧だ。2008年にイ・ミョンバク(李明博)前大統領が打ち出した「低炭素グリーン成長」計画は、原発の増設や四大河川の大規模建設計画などを盛り込み、「グリーン・ウォッシング」と批判された。韓国の「2020年グリーン・ニューディール」も、石炭からの脱却計画を明確にせずに、石炭発電所の建設を盛り込んだことが批判されている。したがって、「ニューディール」と呼ぶよりも、緑の刺激策として発表した方が、意味があっただろう。ニューディールという言葉は期待を高めたが、農業、生物多様性、廃棄物、公害管理などのセクターを除外して失望させた。
「公正な移行」のないグリーン・ニューディール
脱炭素社会への大きな移行は、明らかな勝者と敗者を生み出す。(ガソリンやディーゼルなどの)内燃機関自動車や石炭発電所は早急に放棄しなければならない。EUのグリーン・ニューディールでは、10年間で投資される1兆ユーロ(約125兆円)のうち、1,000億ユーロ(約12.5兆円)が石炭地域の、よりクリーンなエネルギー源への移行を支援するために割り当てられている。移行の過程で誰もが取り残されないよう、政府が関与することを強調している。韓国政府も「公正な移行」を提唱しているが、再生可能エネルギー移行への支援は石炭火力地域に限定されている。韓国政府が公開した文書では、1930年代の米国のニューディールは社会的コンセンサスに基づいており、救済や復興、改革に重点を置いていた、と記述している。同報告書は次のように述べている。
「経済回復だけでなく、自由放任主義の終焉、独占資本主義の矛盾の是正、米国の福祉制度の基盤形成など、理念・思想・制度の転換にも貢献した」。
このような評価をしたにも関わらず、韓国版ニューディールは、他国より早い経済成長の回復を目指している。この国は「極端な成長主義」に固執しているのだ。
グリーン・ニューディールをニューディールのように再構成しよう
私たちは、政府の改革計画を、気候危機と、韓国の経済・社会・教育・文化政策全般を総点検・修理できる、真のグリーン・ニューディールに転換しなければならない。まず、グリーン・ニューディールに関する社会的コンセンサスを作ることが必要だ。2015年のパリ協定では、2030年までに気候変動に対処するための国別拠出金(NDC)と、2050年までに温室効果ガスを削減する目標を盛り込んだ低公害開発戦略(LEDS)を、2020年12月までに国連に提出しなければならない。政府がネットゼロ社会の目標年を2050年に設定するかどうかは、残り4カ月の議論にかかっている。
気候危機が深刻化すれば、温室効果ガスの排出削減に関する国際社会の規制は必然的に厳しくなる。国のエネルギー消費を転換して初めて、石炭発電所などの座礁資産を減らすことができる(座礁資産とは、市場や社会環境の急激な変化により価値が著しく低下した資産を意味する)。現在、韓国の温室効果ガス削減目標は2030年までに2017年比24.4%減である。この目標を引き上げることを議論しなければならない。脱炭素社会への移行は、世界的な気候危機について国民に十分な情報が提供されて初めて可能となる。政府は残りの任期、パリ協定とネットゼロ排出目標を国民全体に知ってもらうために、教育と広報に力を入れるべきだ。政策を決定する公務員は、まず教育を受けるべきである。
国会で作成中の「グリーン・ニューディール法」に2050年のネットゼロ目標を盛り込むことを政府が率先して提案すべきである。すべての省庁が提案・実施するプロジェクトにカーボン・バジェットと炭素影響評価を盛り込むことが必要だ。排出量を検査・評価し、削減目標を強制的に実施するための独立した委員会も設置すべきだ。政府は、炭素排出量ゼロを達成するための包括的な計画を立てるべきだ。例えば、水素自動車や電気自動車の供給台数を決めるだけではなく、運輸部門全体の政策や行動計画を策定すべきである。再生可能エネルギーの拡大や内燃機関の禁止などの政策や計画は、法的観点から見直す必要がある。そして、新システムへの公正な移行を確保するための資金調達についても議論すべきである。
正義の党、緑の党、未来の党は2020年9月1日にオンライン記者会見を開き、排出量目標の設定や公正な移行の確保など、真のグリーン・ニューディール政策を共同で議論する計画を発表した。
緑の党のソン・ミソン共同代表は次のように述べた。
「226の地方自治体でさえ気候緊急事態を宣言している。国会は気候危機への優先的な対応として市民の生命と生活を守るために、2050年に排出量を純ゼロにするという目標を盛り込んだ法案を速やかに可決し、気候緊急決議を成立させるべきだ」。
グリーン・ニューディールがこの困難で疲弊した時代に慰めと希望をもたらし、気候危機の洪水が水位を増すなかで、ノアの方舟の役割を果たすことができるように、私たち全員が知恵と能力を結集する時が来ている。